エイブの映画あれこれ

(コスモス村代表の山下が日本スクールソーシャルワーク協会の会報に、”エイブの映画あれこれ”というコラムを2013年~2017年まで執筆し、同氏のお気に入りの映画について雑感を記しているのですが、このコラムの記事を本ブログの読者の方たちと共有したく、同協会に了承を得て順次転載させていただくこととしました。) ***...

(コスモス村代表の山下が日本スクールソーシャルワーク協会の会報に、”エイブの映画あれこれ”というコラムを2013年~2017年まで執筆し、同氏のお気に入りの映画について雑感を記しているのですが、このコラムの記事を本ブログの読者の方たちと共有したく、同協会に了承を得て順次転載させていただくこととしました。第4回目は「イノセントボイス~12歳の戦場」です) ***  この映画は、1980年に中米のエルサルバドルで発生した内戦を生き延びた少年チャバを主人公として描かれた映画である。脚本を担当したオスカー・オレンド・トレスの実体験にもとづいたストーリーであり、彼自身が監督のルイス・マンドーキに話を持ち込み、監督が内容に感銘を受け制作に至ったという経緯がある。  チャバは母親と姉、弟の4人で貧しさと闘いながら暮らしている。父親は内線が勃発した直後に、「これからはお前がお母さんを助けてやっていくんだと」という言葉を残して、単身アメリカに発った。チャバは父親の言いつけを守り、内職の手伝いをしたり、路線バスの客集めなどをしたりして母親を助けようと努める。だが、そこは12歳の男の子、友だちと遊びすぎて帰りが遅くなり母親に叱られたりする面も持っている。そうした暮らしを大きな暗雲で覆っているのが少年兵の問題である。  当時のエルサルバドルでは、男の子は12歳になると政府軍に拉致され、米軍の訓練を受け兵士に仕立てられた。チャバは11歳で、間もなく12歳の誕生日を迎える。その日は次第に近づいている。すでに12歳になった遊び友だちは、突然学校に乱入してきた政府軍のトラックに強引に乗せられ連れ去られた。“僕は、どうなっていくんだろう・・・。  映画では、冒頭シーンから激しい雨の中を武装した兵士たちに挟まれて、恐怖の表情を浮かべながら歩く少年たちの姿が描かれ、いきなり息がつまるような緊迫感にとらわれる。また、母親が留守で子どもたちだけが残されていた夜に、戸外で銃撃戦が始まり銃弾が家の中にまで飛び込んで来る場面では、子どもたちと共に観ている者まで恐怖で身をすくめてしまう。さらに、政府軍兵士にとらわれ処刑される寸前の子どもたちの表情には、胸が張り裂けそうになる。そうした悲惨な状況と対比するような形で、チャバと周囲の子どもたちの活気に満ちた暮らしぶりが描かれており、監督が子役らと丁寧にコミュニケーションをとりながら撮影を進めたというだけあって、どの子どもたちも実在感がある。その中でも、チャバとクラスの女の子クリスティナとの幼い恋が微笑ましく描かれており、この映画の明の部分のハイライトとなっている。そして、それが戦争の理不尽さを鮮明に浮かび上がらせる。  脇を固める人々の存在も素晴らしく、映画に厚みを加えている。生活の苦しさを抱えながらも、子どもたちのことを思い必死に生きている母親を演じるレオノア・ヴァレラの抑制がきいた演技はリアリティがあるし、チャバたちといつも一緒にいる知的障害を抱える大人であるアンチャの存在も味を添えている。さらに、叔父で反政府ゲリラ戦士ベトの穏やかな物腰は、チャバだけではなく観る者をも安堵させる。加えて、軍隊の非道さに対して敢然として立ち向かうカトリックの神父も勇気を与えてくれる。バスの運転手も・・・いい。  大変重いテーマを扱った映画ではあるが、こうした「いい」人たちが登場することによって、生きることに向けてのポジティブなメッセージも感じとることができる作品となっており、僕のお気に入りの映画のひとつだ。

(コスモス村代表の山下が日本スクールソーシャルワーク協会の会報に、”エイブの映画あれこれ”というコラムを2013年~2017年まで執筆し、同氏のお気に入りの映画について雑感を記しているのですが、このコラムの記事を本ブログの読者の方たちと共有したく、同協会に了承を得て順次転載させていただくこととしました。第3回目はイギリス映画の<ケス>です)...

(コスモス村代表の山下が日本スクールソーシャルワーク協会の会報に、”エイブの映画あれこれ”というコラムを2013年~2017年まで執筆し、同氏のお気に入りの映画について雑感を記しているのですが、このコラムの記事を皆さまと共有したく、同協会に了承を得て順次転載させていただくこととしました。)

(コスモス村代表の山下が日本スクールソーシャルワーク協会の会報に、”エイブの映画あれこれ”というコラムを2013年~2017年まで執筆し、同氏のお気に入りの映画について雑感を記しているのですが、このコラムの記事を本ブログの読者の方たちと共有したく、同協会に了承を得て順次転載させていただくこととしました。第1回目はイギリス映画の<オレンジと太陽>です) ひょんなことから、新しいコラムに映画に関する雑感を執筆することになりました。マニアでもなく通でもないのですが、映画が好きであることは確かなので、僕が所有するDVDの中からいくつかの映画を取り上げて、気ままに述べてみようと思います。   というわけで、最初に取り上げるのはイギリス映画の「オレンジと太陽」です。監督は、僕のお気に入りのケン・ローチ監督の息子のジム・ローチで、これが監督としてのデビュー作品です。これをここで取り上げる理由は、この映画がソーシャルワーカーを主人公にしているからです。ソーシャルワーカーが主人公の映画なんてまずお目にかかることはないし、登場人物として描かれる場合は大抵冷淡で無情な存在として主人公を追い詰めるような役柄が多く、ソーシャルワーカーの援助者としての存在意義に確信を抱いている僕としては、悪者として描かれることに複雑な思いを禁じ得ないのですが、この「オレンジと太陽」は違います。僕たちにソーシャルワーカーのひとつのモデル像を示してくれ、勇気さえ与えてくれます。 この映画は、マーガレット・ハンフリーズの児童移民に関する実体験にもとづいた著書をもとにしています。児童移民とは、養護施設の子どもたちを長い年月にわたって英連邦の旧植民地に移住させた事業であり、本作はオーストラリアに強制的に移住させられたというある女性から、自分のルーツを調べてほしいと相談を受けるところから始まります。オーストラリアからはるばる訪ねてきたという女性は、子ども時代英国の児童養護施設にいましたが、ある日、他の児童たちとともにオーストラリアに移送されたというのです。その移送に疑問を抱いたマーガレットが調査したところ、女性と同じ扱いをうけた人々がオーストラリアにたくさんいることを知り、彼らの家族を探すことにしました。彼女のそうした行動に児童移民の事実を隠蔽したい人々はさまざまな圧力をかけますが、そのスキャンダルを白日のもとに晒し、かつての子どもたちの支援活動に精力を傾け、ついには英、豪両国首相が事実を認めさせるという結果を導き出すに至りました。   こう書くと、勇ましい女性の物語のように思われるかも知れませんが、映画は抑制のきいたトーンで展開し、ひとりの女性がなすべきことに出会って、それに対して誠実に取り組む姿を描いています。静謐なという形容がぴったりくるような雰囲気に貫かれていますが、僕にはその静けさが移民させられた子どもたちに対する優しい眼差しから来るものだと思われ、この作品を好意をもって受け止める根拠になっています。ご覧になってない方はぜひどうぞ。 ********************** “オレンジと太陽”(106分/日本公開2012年4月) 監督:ジム・ローチ 主演:エミリー・ワトソン 原作:『からのゆりかご~大英帝国の迷い子たち~』 近代文藝社; 改訂版 (2012年2月)